りんご園の四季

開墾  プロローグ
ここでは大地が生きている
食料増産の時代に苦労をして開いたであろうこの段々畑のなりの果てに
今は
こしあぶら かえで こぶし 山桜 なら あかしで うるし 
赤松 桐 ねむの木 たら やまぐわ
栗 ほうの木等が仲良くおだやかに空に広がっている
それらの大木にはあけび やまぶどう
さるとりいばら 藤がからみつき
人の背丈で ゆずりは あおき がまずみ まんさく どうだん
にしき木 山吹 のばら のいちご いぬつつじ うこぎ
足元に わらび ぜんまい こごみ ししがしら 山ゆり りんどう
いぬたで おとぎりそう あまどころ すすき ぬすびとはぎ よもぎ
あざみ よめな いらくさ えのころぐさ どくだみ
ひめじおん ぎしぎし おおばこ等が好みの場所を陣取っている
くずは陽当たり良い傾斜地を有刺鉄線のように行く手をさえぎるきらわれもの
個性的なさまざまな緑のうねりの中を
日光を受けて蝶や昆虫が飛びかい 小鳥がさえずる
押し合いへし合う陽気な孤独がむせかえる緑の大地
祝福に満ちた無限の生命を送り出す母なる大地
一人だけそれの何たるかを忘れた物知りで浅はかな
宇宙の跳ねかえりもの 人間
この生き生きとした豊穣の懐から飛び出してどこへ行こうというのだ


街の中には蛇はいない
毛虫はいない
あぶもいない
日焼けはしない
手は荒れない
大雪 霜 日照り 長雨に胸を痛めることはない
街には人をとりこにする魔力がある
あいまいな心に取り入って考えるいとまを与えない
目新しいことを次から次に見せびらかし きらびやかな賑わいが一日中終わらない
だけどそこでは一人ひとりが耐えられないほど淋しい
人の存在のみを祝うひとりよがりのお祭りだからだ
たしかにそここそが住みかのように錯覚してしまう
その錯覚は強い酒と同じだ
二日酔い
一と月酔い
五年酔い
十年酔って
死にぎわにまだ醒めない
醒めるのが恐ろしい
宇宙の中では
無いものを含めた全てのものが相互依存で成り立っている
街は人の住みか
人と人でそれを補う
人同志で自然を作る
あるものは毒蛇になり
あるものは道阻む雑草となる
あるものはのけものの毛虫になる
あるものはペットになり
人の血を吸うヒルになりはげ鷹となり
ゴキブリになってゴミの中に住む
小鳥になって歌い人の心を慰めるものもいるが
表面の華やかさに反してその実態は奈落
街は蠱惑的で生き生きしている
だがその輝きはお互いを殺し合い妖気漂う剣のものである
ここでは自分で法を作り 自分で犯し 自分が裁く
ここで人を駆り立てるものはただひとつ それは戦いである


きびすを返して
生気でむせかえる大地のジャングル
私は犯すものではなく
裁くものでなく
私は私以外のものになれないことを知っている
自然が私たちを痛めつけてもそれ以上に癒されていることを知っている
私は眩しさのあまり底無しの空を直視できず
眩しさのあまり日光を反射する大地の波を直視できず
ただ訳もなく涙を流す
本当に大自然の彩りは事もなげに人の煩悩を解き放ってしまう
それはまばたきの合間にさえ無造作にあらわれる
冬 硬く忍んでいる木の芽の息づかいとして
春 一斉に咲き乱れる花々の香りとして
そこを飛びかう虫等の繊細な羽根の七色変化に
悠久の母なる川 最上川のとどまることのない輝きに
足の踏み場もない生命充満の世界
草木に支配されて荒地と思えるこの大地こそ
神仏さえも なにものも別隔てなく相互依存の中に納まる豊穣の世界だ
ここに根を下ろそう
こここそ心が認める私達のふるさとになるだろう
私達家族はここに畑を起こし
りんごの苗木を植え
くだもの園の四季を生きよう
群青の深い空よ
刻々とかたちを変える旅の途上の吟遊詩人 雲よ
夢を飛ぶ鳥
信念の樹々
炎の草々
唄う虫達
影をひそめる獣達
そして町の人達
みなさん こんにちわ
どうぞよろしく

「開墾当時子供達と」昭和56年

軌道に乗るまで和文タイプの
内職にはげむ妻恵美子

「開墾当時子供達と」昭和56年

祝福に満ちた無限の生命を送り出す母なる大地