りんご園の四季

また春に エピローグ
乳色の空 真珠の中の大地 まさしくここは宇宙という海の底
静かに心の夢を育てる羽根布団 銀世界
りんごの枝につららが伸びる
身も凍る厳冬にあるかなきかの日光を貯える まどろっこしいその仕事
その結晶の艶やかさ 純真さ ひた向きさ
みなぎる生気 自信 透き通った眼差し
どの樹も燦然と夢の結晶を飾りたててそびえている
夢を育てる人は美しい
夢は美しく人を育てる
通り過ぎた旅人たちは見ただろうか
涙は目から出るが深い想いの中で育つ
心にゆっくりとつららが育って胸をしめつけ溢れてくるのだ
夢は海の底で孤独に気が遠くなりそうな永い時をかけて育つ真珠なのだ
電車の窓に映るのは彩りのないあらすじ
共に生きるものには鮮やかな姿を見せる その喜びを分かち合うために
共に生きる場所はこの大地


百花繚乱の春 こぶしに始まって
隊列を組んで咲き整然と散り逝く桜
桜は桜として生まれ桜として逝く
なまめかしい桃はそのなまめかしさを誰にも譲らない
梅は梅と咲き
すもも 梨 ぼけ どうだん もくれん 山吹 藤
りんごはりんごする
私は彼等と何で張り合おうか
共に競い合う世界
共に花咲く世界
感動を共有する世界
そこでは大地は大地の仕事を成し遂げて
星は巡り
四季は季節を起こす


満天の星が大河となって空に横たう
競い合うみんなは今どこであろうか
蝉が鳴く
死に物狂いで鳴く
木の葉は波しぶきになってひしめく
鳥は獲物を狙って空を裂く
園の地面はふかふかのじゅうたん
それはしろつめ草 はこべ えのころぐさ おひしば ひめしば
げんのしょうこ ひるがお ひめじおん おおばこ つゆくさ
ねじばな たんぽぽ等で織ってある
大地も空も隙間のない圧縮された命の大河
人も負けじと全身を絞って汗をかく
命あるものみんな強い日差しにあおられて燃え盛るとき
もくもくと空の底から入道雲が沸き上がる
太陽は身を引き
薄暗く閉鎖された不安に命あるもの同志息を飲んで身を寄せる
空を破り大地をゆさぶり大木を直撃する
雲もまた夏を激しく生きているのか
大地のものはその荒々しさに平れ伏している 
それが去れば
一人残らず瑞々しく輝きを増すのだ
感謝の午後
共に生きる喜びの午後
時には思いあまって激しい雨が悲嘆にくれる雹になる
人の心は雹そのままに凍りつく
愛するあまり憎み恨んでしまう人の心
りんごは傷つき人は肩を落とす
人を除いて悲しみを引きずらないたくましいもの達
暴れすぎて恥ずかしげに雷雲が一目散に逃げていくと
鳥は杉のこずえに唄いながら羽根を乾かし
足長蜂は巣の中の水をリズミカルに拍子をとってかき出す
草木は全身で集めた真珠を嬉々として根に貯える
人は喜劇役者のようにおろおろと
あきらめてはあきらめきれず あきらめきれずあきらめる
灼熱の炎は風に揺られて夏の宵
ダムの湖面に花火があがる
人の思いは厚い堰を切って空に向かって炸裂する
鮮やかな色彩の火の粉が折り重なって人の心に沁みていく


息も切らずに短い夏の
思いが熟して実りの秋
高台のりんご園にいると
四方の村々からお祭りの笛太鼓の弾んだ音が涼しい風に乗ってくる
みんなの心を祝福するように胸に焼き付く夕焼けが
空いっぱいのうろこ雲と錦織りなす山並みを従えてあます所なく
あますものなく包み込む
秋はしみじみ振り返る時
月 星 お日様と共に過ごした紅色のりんごは
そのやさしい実のなかに何を詰めたのだろう
木の葉は何を悟って色鮮やかに散っていくのだろう
すずむし はたおり うまおい こうろぎがか細く唄う
満足の秋
完成の秋
去っていった日々を想い涙ぐむ秋
誰も彼もひとつになって豊穣の秋のお祝いに唄い踊り
いつしか誰もいなくなった神社の境内のように
それぞれの夢の中に戻っていく秋
そして定められた時を迎えたものは二度と姿を見せることはない
さようなら
お元気で
縁があったらまた春に
さようなら
さようなら
いつの日かまた銀河の中で
春を待つ母なる河 最上川
桃の花の下で 覚太朗
妻と長男 武志 
くだもの園の小屋で
妻と母と娘 洋子 
さくらんぼの花の中で
りんご狩りのお客様
中央は園主


くだもの園に訪れた子供達

それぞれの夢の中に戻っていく秋