くだもの物語<冬>

 ふじの収穫を最後に畑での収穫がすべて終わりました。すっかり葉を落とした畑には雪が降り寂しい季節となってしまいました。「葉が落ちると雪が降るんですね」と奈良崎さんに聞いたら「葉が落ちる前に雪が降ると大変なことになるんだぞ、雪が枝から落ちなくて枝が折れてしまうだろ」当たり前のことのようですが、改めて木って良くできているなぁと関心しました。
 葉が落ちて雪が降ると白と黒の世界に変わり、くだもの園も冬の物語が始まります。
冬のラフランス畑
冬のラフランス畑
雪に埋もれたリンゴの木
りんごの木に降り積もった雪
 1月から2月にかけては雪との戦いです。「どんだけ降り積もるんだべ・・・」と思うほどすっぽりと雪に覆われています。枝だけでも雪は重くのしかかります。支えの棒をしてはいてもこの雪では折れてしまうので、枝の雪下ろしをするのです。実はこれが重労働。まずは腰まである雪の上を歩いて畑まで行くのです。ずぶずぶと沈む雪の中を歩くのは、足を高く上げて歩くのと同じで太ももにかなりの負担がかかります。さらに、木の上の雪を雪ベラを使って落とすのですが、これが固まっていてなかなか落ちない。思いっきりザックリ刺した、と思うと自分の足の方がずぶずぶと沈んでいって雪ベラの方に力がかからない。その上、雪で身動きとれなくなってしまうのです。スキーで新雪の上にコケたことがある人ならば分かると思いますが、まさに新雪地獄。
 久しぶりに晴れ上がった日、雪に埋もれた畑にはうさぎやたぬきの足跡が点々と続き、小鳥たちだけが楽しげに歌いながら飛んでいきます。雪落としのひと休みで見る山の上からの美しい風景は、雪を落としてくれた木からのプレゼントなのかもしれません。
  雲ひとつなく晴れ渡ったいい天気。2月の後半からは剪定(せんてい)作業のスタートです。下にたまっている雪は80cmはあるでしょうか。表面が固いときはスキップができるほど気持ちよく歩けるのですが、ちょっとゆるんでくると一歩進んだだけで「ズボッ」と片足がはまって身動きがとれなくなってしまうのです。これはあちこちに落とし穴が掘ってあるのと同じで、歩くだけでもひと苦労。ただ、この雪のおかげで80cm高い所で作業ができるのが利点なんでしょうけどね。
 剪定っていうと、伸びすぎていらなくなった枝をただパチンパチンと切っているんだなと思っていませんか?「剪定のときがいちばん面白いのです」花も実もないときにいったい何が面白いのかなぁと思うでしょ。これがほんとに面白いです。
剪定作業
剪定ばさみ  剪定に使うはさみの刃先は日本刀の刃先にそっくり。りんご作りの始めは武士が始めたそうで、その名残なんだそうです。その剪定ばさみとのこぎりを腰に付け剪定の作業の開始です。
 まずは道具の使い方から・・・「はさみはこじらないように、枝を押しながらこうパチンと切るんだよ」と見本で奈良崎さんが直径2センチほどの枝を平気に切ってしまう。まねをしながら、枝を切ってみる。見た目よりも力が必要でギューッと力をかける。キュキュキュと少しづつきり進んでいってパチンと切れる。おぉ、なんと良く切れるはさみだぁ!枝を押しながら切るのがこつですね。
 盆栽の剪定というのは形を整えるもの、くだものの木の剪定は、おいしい実を成らせるために木と語りながら木を生かして切っていくといった方がいいでしょうか。「木って人間と同じなんだよ」と奈良崎さん。
 花芽をたくさんつけるお母さん枝、根本からまっすぐに伸びて葉をたくさん付け養分を作り出すお父さん枝があって、実をつけるお母さん枝を残して切っていくのだが、お母さん枝ばかり残したのではだめ。水分を吸い上げ栄養分を作るお父さんをちゃんと残してやらなければならない。このお母さん枝、いざという時にはキャリアウマーンに変わってお父さん枝の代わりに葉を出し養分を作るそうです。キャリアウマーンに変わったお母さん枝は数年後、ちゃんとおいしい実をつける普通のお母さん枝に戻る。ちなみにお父さん枝は変わることなくそのまま実をつけないそうです。
 一度実がなったあとから伸びた枝からは甘い実がなること、葉が小さくなることなどなど奥は深い深い。「とてもじゃないけど素人には絶対切らせられない」ごもっともです。はい。
 こうやって枝を落としていくと全体がすっきりした感じになって、枝の先すべてが天を見上げていくようになっていきます。目指すと言う言葉は「芽」が指し示すというところからきていて、目指す方向をはっきりさせることが大切なんだよという言葉を聞いて、木でも人間でも同じなんだなと感じました。
剪定前
剪定前
剪定後
剪定後

剪定作業  「こうやって枝を上手にきっていくと木の全体がしなやかな木になるんだよ」と奈良崎さん。あの大きなりんごの木の先の小枝をつまんで揺らし始めた。すると木の全体が向こうはじのほうまでゆさゆさと揺れるではないですか! りんごの木も、子どもたちも、ゆっくりと時間をかけて良いところをのばして、大切に育てていくことが、しなやかに育てることなんだな・・・と揺れる木を見て感じました。
 男の私が言うのもなんですが、剪定をしている奈良崎さんはとっても「かっこいい」です。真剣に仕事をする職人の目は本当に素敵なものです。見たい人はぜひファームステイしにきてくだいね。
 剪定作業は枝を切るのはもちろんなのですが、切った枝の跡に保護材を塗っていくのです。高いところも塗れるように、竹の棒の先にハケをつけて作業開始です。人間がウイルス感染してインフルエンザになるのと同じように、樹もウイルスに感染して枝の表面がボロボロになって枯れてしまうのです。樹は外側の表皮に近いところがより多くの養分を循環させているので、この部分をしっかり塗ることが大切です。剪定は樹にとってみれば大手術のようなもの。枝を切るのがお医者さんで、傷の手当をする看護婦さんが私の役目。手は抜けません。
保護するために刷毛で塗る
ハケで保護材を塗る
枝を切る
 春になる前に枝継ぎの作業もあります。良い品種に変えるために、他の品種の枝を接いで別な木にしてしまいます。いわいるクローンを作るわけです。
 さて、枝はぽつんぽつんと10cmずつぐらいに切っていきます。奈良崎さんが切っていると適当に切っているようにしか見えないのですが、ちゃんと芽の出るところを合わせて切っているのだからすごい。
枝を接いだところ
枝を接いだところ
 きれいに砥石で磨いだ切り出し小刀で、接ぐ枝の切り口を斜に切り、尖った方の皮を剥いて、接がれるほうは皮を割るように割り込みを入れます。なんて見てる方は簡単そうに書いていますが、接ぐ方、接がれる方がこうぴったりいくのは熟練の技。接いだ枝は手を放しても落ちません。つなぎ目の保護のため上から柔らかいビニールを巻いてしっかり止めます。
上からビニール
上からビニールを
ぐるぐる巻きにする
 枝接ぎというのは恐ろしいもので、「奈良崎さんそんなに切っちゃったら・・・」と思わず言いたくなるくらい、台木となるラフランスの枝をすべてバチバチ切り落としてしまうのです。確かに枝を全部新しい品種に変えてしまうのは分かりますけど、それにしてもダイナミック。種から育てるよりも枝接ぎをしたほうがはるかに早く実を成らせることがことができるそうです。
 
接いだ枝は数年後は写真の右の様にしっかり融合して一本の木になってしまいます。違う種類の枝同士がくっつくなんて不思議なものですね。さてさて、私が結んだ枝はちゃんとくっつくのでしょうか。
福寿草
 ほんとに春になったら雪が溶けるんだろうか・・・と心配になっている間に、少しづつ雪が溶けだします。黄金色に輝く福寿草や、赤ちゃんのおくるみの中からでてきたようなふきのとうが春の日溜まりにありました。この時期の天気はほんとに不安定で、夜中に突然雨が降りだしゴロゴロピシャン!と雷が鳴り出したり、家が吹き飛ぶんじゃないかと思うほどの大きな音をたててものすごい風が吹いたり。
ふきのとう
一服のりんごはおいしい!
 「どれ、そろそろ仕事すっぺ」と畑にでるとバタバタバタ・・・と雨が天から落ちてくる。「しゃぁないな、どれ、かえっぺが」と帰ろうとするとおてんと様が顔をだす。降ったり止んだりこんな落ちつかない天気をこのへんでは「おちあれ」と言います。
 朝の最低気温が-3度、日中の最高気温が23度なんてこともある「おちあれ」の日。気象の激しい朝日町だからこそ植物が厳しく育ち、おいしいくだものができる環境になるんですね。
「おちあれ」の日が終わると花満開の春を迎えます。

秋へ 春へ